家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

能書き不要な事はある

 中塗実験乾燥待ち中や、中塗の漉し土の沈殿乾燥中等には他の作業を行う。一つは解体。元現場事務所であり、新規キッチン奥の食品庫予定地の押入れ。また、元北側縁側縁甲板と根太撤去。

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 これら何てことない作業だけども、以前から少し不思議に思っていたのは二人の興味具合。事故防止は勿論、解体材流用時等の道具破損防止の観点から、お父さんは解体後直ぐに釘等を除去するように努めている。その現場にたまたま居合わせると二人共、特にりょうすけは釘抜きへの意欲が高い。

 

 きょうこぐらい大きくなっているならまだしも、りょうすけに至ってはまだ箸も上手く持てず、洗髪も大便後の拭き取りも自分ではイマイチ出来ない幼さなのに、金槌と釘抜きを一丁前に扱おうとする。他の作業手伝いだと根気が続かない事が殆どながら、これだけは違う。釘打ちなら分かるのだが。新鮮さなのか何なのか。まぁ、能書き不要なんだろうな。

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 さて、後回しになっていた当箇所、特に新規キッチン奥の解体着手。何も暇を持て余したからとかでは無く、次の工程である漆喰塗りに係る準備の為である。具体的には、土壁貫通配線管設置。本施工において多大な影響を与えている配線方針について、今までちゃんと書いていないと多分思う。ここで触れておこう。

 

 配線方針、それは隠蔽する事。書けば簡単ながら、これがどうも難しそうなんだな。

 

 この家の購入前の初内見に来た際に思った事の一つ、「後施工の灰色ビニール電線の露出がしまくっていてみっともない」。露出しているだけでなく、天井の隅っこでの結線まで見える。購入検討中、もし改修工事を断念するとしても配線隠蔽工事だけは最低限やりたい、とまで思っていた。

 

 何故みっともないと思うのか。何故それほど嫌なのか。言うなれば、理由は無い。瓦や木部にコーキング等と同じ。無理矢理それっぽく言ってみると、一次素材で数百年単位素材である木や土等に、三次素材で数十年単位素材のビニール、しかもグニャグニャした線状の物が目立っているのは生物的に違和感を持つんじゃないのか。京都の寺社や町屋の景観から電信柱を無くそう、という人達も多い事からお父さんはきっと多数派だ。

 

 ただ、百年単位設計施工をするようになってからは、ちょっと違う見方も持つようなった。

 百数十年前の京都の人達は、電気が開通していく際に景観の事をどうこう言っていたのだろうか。言っていた人がいても少数派、大多数は電信柱と電線によって文明開化を体感したりしてたんじゃなかろうか。コンクリート製電信柱は景観の邪魔とする現代人でも、田園地帯に木製電信柱ならどうか。プラモデルみたいな現代住宅では隠蔽配線が当然としながら、古民家カフェに布被覆線と碍子の露出配線をされていたらどうか。

 結局の所、目新しさとか新鮮さとかノスタルジーとか、流行りや時代によって変わる感覚なのかな、なんて思ったりもする。

 

 と、そんな能書きを垂れてみても、百年後ではなく21世紀に生きているお父さんは、断固として出来得る限り隠蔽配線をするのだ。

 

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