家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

熱いおじいさん達との出会い

しかしそもそも、薪って手に入るのか? 家の周りにはまさに山ほどある木々。しかし、これは誰かの所有物。経済性が失われた木々と言っても、所有者は我が家に譲ってくれるものか?

ネットでは、「方々に声をかけてルートを増やしていけばよし」との助言アリ。これは分かる。きっとそうなのだろう。「今まで気づかなかっただけで意外と、捨て置かれた木や伐倒作業を目にするものだ」との助言もアリ。そうかぁ?? お母さんもだが、特にお父さんは脇見運転で危ない目に合いながらも血眼に周囲を見ているが、見た事が今の所一切ナシ。所詮は、中途半端で真の田舎ではないからか、まだまだ修行が足りないからか…?

 何も目途が無い薪調達問題が薪ストーブ検討の足かせになっていたある日、お母さんが「ここに行ってみぃへん?」と広報誌を差し出してきた。里山保全ボランティア団体が行う催しだ。この家のすぐ近くで行われるらしい。

 「里山保全→間伐活動→不要木材譲り受け→薪生産」。光が見えた! しかも、すぐ近くだけに運搬労力も限定的、かつ近隣自然の保全まで果たせられる。薪作りという人間の営みの結果、里山やこの家を含めたその周辺の環境が元気になる、とは願ったりかなったり。という事で参加申込。
 ただし、いきなり「木を分けて下さい」と言っても、受け入れてくれるかどうか怪しいところだ。どうアプローチしようか脳内会議を数十回は重ねていざ参加。

 待ち合わせ場所におられたのは「山男」というような感じの、恰幅が良くて白い顎ヒゲをたくわえた、目つきが鋭いおじいさんだ。お父さんはたじろいだ。「木を下さい」なんて言えば怒られるんじゃないか、って。

 その日の催しは、保全活動を少し兼ねたボランティア団体の忘年会だった。お父さんはりょうすけを背中におぶりながら、お母さんときょうこや他の参加者と放置ミカンを狩るなどし、その後の忘年会では手持ぶさたでタキギで熱燗作り係。

 酒も入り皆が談笑し温まっている頃合。目つきが鋭いおじいさんが団体の会長で、今のお父さんよりお若い時に数人の有志と会を立ち上げた、と教えてもらった。他にも、行政に環境保全の必要性を訴えて専門の部署をつくってもらうようにした、立ち上げ頃は自分達も何も分からず手探りで活動をしてきた、自然保全意識が高い企業からの寄付を受けたり等、色々な活動経緯の熱いお話を聞かせてもらえた。


 ただ、立ち上げた時は皆お若かったものの、今のコアメンバーは軒並み
60歳オーバー。気持ちはお若くても、体力的にはなかなかツラいところがある、と。催しには若い世代も来てくれるが、実際の保全活動には若い世代は皆無の状態で会の高齢化が問題だとのお話も。
 日本社会の高齢化が叫ばれて久しい平成20余年のお話だが、こちらの会はそれとは別のお話だとお父さんは思う。話が前後するが、他の団体の保全活動に参加させてもらった事があるが、そこではまだ年齢層が若かった。またその他でも、自然保全のボランティアへの参加をしたり関心を抱くのは、決してリタイア年齢層だけではないようだ。この会の平均年齢は、会員となっている現在のお父さんの課題にもなっている。