家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

「自然素材」って何?

 そして、もう一つは「自然素材」だ。これについても、考えてしまうと悩んでしまう。何が何をもってして自然の素材なのだろうか。

 

 石油製品であっても、地球にある物から作られたのだから「自然素材」だ。屁理屈に聞こえるだろうか。では、これを否定してみるとどうか。 

 自然素材の定義として、合成やら変化等がされていないものとする。これを定義とするならば、かなりの物が排除されてしまうのではないか。ガラスに鉄や銅、弁柄に漆喰。他にもまだある。

 

 では、土に還るものではどうか。やはりガラスは排除だろうか。主原料の珪砂以外のものがどうかに掛かっているのかな。鉱物金属系のような、土との混在同化が還る事に含まれるなら例えばコーキングはどうだろう。相当の年月があれば土に還った事にならないか。厳密に「土に還る」とは微生物が分解する事かと思うが、これならば植物由来で建材に使われる物に分解されない物がある。

 

 人体に影響しない物、不快に思わない物。これも怪しいな。少量なら硬化後のコーキングもボンドも呑み込んで大丈夫そうだ。大量なら土壁も木も石も言わずと知れず致命的。新建材で揮発性が無い物もあれば、無垢材でも人体に影響が出る人はいるしな。ユニットバスを不快に思う人も少ないだろうし。

 

 寿命はどうか。言い換えると、組織や細胞が安定化しているものだ。となると木は怪しいのではないか。あれは生ものとも言える建材だ。翻ってコンクリートは何千年も前の物が残っている。コンクリートの短寿命問題は中和化による内部の鉄筋の為である。正常に配合されたコンクリート自体は理屈上、長寿命で物質としては安定的な方らしい。そもそも、何千年の歴史となると新建材とは言え無さそう。他にも、条件次第で短寿命にも長寿命にもなる素材は色々ある。寿命の長短はどこで区切るかの問題をまず解決しないとな。

 

 まぁ、一般的感覚だと由来が天然な上に、物理的加工と微生物による発酵等の成分変化と人工的化学変化は良くても合成はされていない条件のもの。さらに、育成過程の人工性と天然由来だが石油は除外する条件も。しかし、色々条件を付けてまでの自然素材とは何ぞや。

  

 学校では、原子が物質の最小単位みたいな事を教わった。これは変える事が出来ない、というような事も聞いたような気がする。昔の人は、何とか金を作り出そうとして錬金術が興ったが結果は全て失敗。

 だが、原子は変化するじゃないか。水素同士が高温高圧環境下で結合してヘリウムになり、最後は鉄にまでなるんだって。以前から欧米にて、また最近では日本人科学者の方達により、宇宙に存在しない新しい原子が生み出されている。凄いじゃないか。公教育で中途半端な事を教わらなければ、お父さんは今頃科学者になっていたかもしれないぞ。

 

 物質の最小単位だけど人工的に作り出された原子は自然物じゃない。果たしてそう言い切れるのかと思うそんな時代でも、自然素材か否かは古民家や工法の定義のように、その人がそう感じればそうだというぐらい曖昧な現状ではなかろうか。常識、秩序、法律、貨幣、権力、安全等々、皆が何となくそう思っているから存在なり成立なりがしているものはいくつもある。案外、自然素材もそんな類だったりして。そんな風に思っているお父さんは無知で的外れなんだろうかね。

 新建材と言われるような物をそれなりに使って古民家改修をしたのに「自然素材に拘った」と主張されても、お父さんは良いのではないかと思う。下地等は新建材や化学製品を使いつつ、上辺は無垢木材や土壁やらを多用した新築をして「自然素材に拘った」と主張されても、確かに拘ったのだろうと思う。

 この違いは単なる使用割合の問題で、施主に満足感が共にあればどちらも健全と言える。

 

 結局の所、古民家や自然素材に拘る方が何を求められているのか次第だろうか。古民家や自然素材という一見共通的な事柄でさえ実の所、人ぞれぞれに求める内容や定義付けは違うような気がする。少なくとも真なる勇者と出会うまではお父さんには分からなさそうだ。

 

 で、お父さんの求める所は毎度ながら「百年単位の寿命材の足を引っ張らないか否か」である。この元は「一代では勿体ない精神」と「費用対効果」であり、その目的は「現世代の満足住居獲得」と「子孫の経済的選択肢温存の為」。この結果として「伝統構法家屋」のこの家を施主施工とセットで選択。これとて他人には共感された事がない。ちなみに、伝統構法家屋を選んだ事による後付け目的として「日本建築文化の維持と伝承」も秘かに抱いている。

 

 そんなこんなで、「古民家」や「自然素材」は定義確立の有無はさて置いても、あくまで結果そうなったというだけのもの。ただ、この二つの事柄への世間ウケは良いはず。そして、この「古民家」での「自然素材」使用割合は、そこらの新築や改修施工とは一線を画す高さを誇る類だと思う、今後の石膏ボード使用があるとしてもだ。

 だが、巷のちょっと国産木材の使用が多い等々程度の普通の家屋には、補助金助成金が出る物は複数ある。一方こちらは、今後も建材素材選びと予算との間で葛藤と難思考が続くけども、住宅ローン控除さえもない。

 本施工は、それらに対しての実施時期が悪かった事と、個人による施主施工だからという以前にそもそも政治力等がある産業への波及効果が低いのだ。行政側等の見方から「特段の価値無し」と見なされているのだろう。

 

 よって、援軍無しの完全個人闘争。結果的に将来の公益となる、とお国には少々そこらの点をご高察頂きたい。そして、賞状とかよりはお金や建材とか使えるものにて、評価や応援をしてくれんもんかね。

 

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