家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

「家電継承」

 「男たるもの、機械物の一つや二つは直せるべき」。このような考え方と言うのか文化風潮と言うのかは、平成の世ではすっかり無くなったような気がする。壊れれば勿論、調子が悪くなった物は原則買い替える。これが現代日本の常識になったのではなかろうか。

 

 こういう書き方をするからして察しの通り、昭和以前は違った。修理が出来る男はカッコいい。目覚まし時計の分解経験がある男児は数多。それを手始めに鍛えられた男友達、彼氏、夫、父が家電製品や家具等を修理すると、女子供は「さすが」「頼りになるわ」と来たもんだ。映画等では、ヤル気はあるけど不器用な父親が修理に失敗して完全に壊してしまい、やっぱりねと家族に呆れられる。そんな描写もあったりした。そういう事が日本の家庭の日常風景として確かにあったように思う。

 

 平成の世では、直して使いたいと考える人は購入店等に修理依頼したとしても、家電の場合はほとんど内部清掃か部品交換対応のみ。それで直らなければ買い替えしろ、と言われる。確かに本体が高額でなければ買い換えた方が経済的だったりする。「アフターサービス」は家電販売においては死語になるだろうな。そもそも、直して使おうと考える人はどれ程いるか。アナログ目覚まし時計でさえも分解可能範囲は知れている。そんな時代でお父さん自身も平成人になって久しい。

 

 そう思っているお父さんは、もうとっくに日本製だからと無条件に信用が出来なくなっている。中身はどこまで日本製か分からん。実際に、不具合発生や壊れるまでの期間が短くなったような気がしてならない。物によっては「Made in China」等他国製の方に軍配が上がる。この頃、「Made in Japan」を賛美する内容がテレビからよく流れてくる。真の技術の結晶の純粋な日本製が減ったからその反動、と思う一方で首都東京の誰かが裏で糸を引いているんじゃないかと勘繰る。

 疑う一例として、ドイツには世代を超えて引き継げる家電があるらしい。支那の一般庶民からすると、日本で普通に売られている野菜は水洗いだけで、何ならそのまま洗わず生食出来る事にきっと衝撃を受けると思うのだ。同様に、家電とは数年か良くて十数年で買い替えるものという消費社会日本の一般庶民のお父さんは、ドイツのその家電にはビックリ仰天。あぁ、凄い。「伝承」ではなくとも「家電継承」だなんて。世界に冠たる物と思っていた日本家電は、言うてもタダの消費財だったんだ。

 

 どっかのメーカーの偉い人に言いたい、売り手都合の売上重視さが客に漏れ伝わっているぞと。さらに、支那の農薬漬け農家と姿勢は同じじゃねぇのか、とまでは言い過ぎだろうか。何だかいいようにされているっぽい支那の庶民の方と話が合う気がしてきた。