家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

漉す、そして泥水を煮る

 いざ実験。藁スサは勿論ながら、二回漉しなのに小石がかなり取れた。よしイケる、ときょうこに引き継ぐ。

 結果、極力藁スサを取り除いた小石量は、元の泥土の目測体積にして15%ぐらいになっただろうか。これらを鏝で取り除くとかゾッとするわ。小石問題は一先ず落着。

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 さて、次に抱く懸念。リグニン流出問題だ。

 藁から得たリグニンは、土壁の強度を上げる物と理解している。ただただ堅い物は割れやすいが、木質だけあって塩梅良い緩さの硬化剤ではなかろうか、とも想像している。また、リグニンは水溶性じゃないかな、とやはり想像している。インターネットで検索してみても確証は得られないが、今までの過程からきっとそうだと。

 

 中塗土を漉すには、その体積に匹敵する程の大量の水を要した。その後、上澄み水を捨てて来た。その結果、もしやリグニンまでも捨てているのではなかろうか。さらに、その泥土を再度漉した。一回目と同様に、また上澄みを捨てて良いのだろうか。

 二回目の上澄み水を見ていると、泥色が混じっている物もあれば、どうもその色ではなさそうな水もある。その色は、藁の灰汁抜きした時の水の色の系統っぽく見える。なので、藁からの色じゃなかろうか。藁から、と言えばリグニンかもしれない。

f:id:kaokudensyou:20180425185140j:plain←左:泥混入 右:泥ほぼ無し

 

 お父さんの頭でいくら考えても答えを出せそうにない化学の話。では、仮定の話で考えよう。もし流出させる事になるのならどうか。ただでさえ薄塗り。泥粒子と藁繊維と寒冷紗だけに頼っていいのかい。流出していないという確証がないのに、工期の問題だけで捨てても良いのかい。

 

 いんや、ダメだ。

 という事で、自然蒸発作戦を行う。外気接触面積を増やす為、バケツに小分け。それでも足りず、途中から衣装ケースも動員した上で、温室内に設置。だけども、二週間程しても大して減っていないように見える。時は肌寒さが残る初春。この間、当然左官はストップ。

 先が見えない、という事で強制蒸発に切り替え。鍋で加熱する事にした。

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 リグニンは、60℃を超えると分解し始めるとの事。よって、指を入れても火傷しない程度の温度で行う。そうすると、これはこれで時間が掛かる。朝から晩まで加熱しても4リットルぐらいしか蒸発しない。こんな事を凡そ5日行った。この間、やはり左官はストップ。春の左官祭り、一体いつになったら開催出来るのだろうか。

 

 泥を漉すだけに留まらず、とうとう泥水を煮る事までする。どうだ、お父さんの拘りは凄いだろう。だなんて事を言いたいのでは決して無い。

 お父さん自身、無駄ではないかと常に疑いながらやっていた。一回目で流出させていれば、今回は残っていた僅かなリグニンを確保出来たかどうかであり、効果が如何ほどあったのか怪しい。一回目で流出させていないのであれば、この作業は全く意味を成さないし。

 将来、石膏ボード下地の土壁の補修等は十分考えられる事だと思う。もしその場合、最初から網目が細かい篩でちゃんと漉した方が良い。最もこれを言いたかったのだ。

 

「やらない」と「出来ない」は意味が違う

 そうは言っても選択肢が無い。鏝捌きが未熟なのはどうしようもない。諦めもつく。だが、やれる事をせずに出来なかったでは済まん。「やらない」と「出来ない」は意味が違うのだ!!

 

 で、二回目土漉しの実施決定。そこで篩を考える。同じ篩を使う程馬鹿じゃない。

 篩の目は一分と思われる。凡そ3㎜だ。塗厚もその程度。ならば然程問題じゃない、と遥か昔には思っていた。実際は3㎜塗りに3㎜の小石があるとアウト。そもそも網目からは3㎜以上の小石が通過してくるのだな。

 

 要因としては、網の縦線と横線の交差部は可動するからじゃないか。水や手で小石を押す事により、網目は厳密に一分寸ではない状態になると思うんだな。それを踏まえて緩めに漉すようにお母さんには言ったが、それも限界があるだろう。そもそもあのお母さんだし、きょうこは疲れてくる作業だけに早く終わらせたい心境にもなるだろうし。

 さらに、そもそも小石は球ではない。無理なく通過した小石も、角度が違えば網目より大きかったりする。

 

 根本的に篩を新調する事を考えてみる。しかし、施工面積に対して篩の価格は高く感じる。お金を出して解決出来る有難さより貧乏性が勝ってしまう。インターネットを検索してみると、容認出来そうな価格は二千円台。その代物はステンレス製。これなら、現状の木製枠と鉄製っぽい網のボロい物よりいいんじゃないか。

 

 ここで思い出す。古民家先輩のブログだ。

 土漉しに関して言えば、当時お父さんが少しだけ先行。彼が、同様のステンレス製の篩を購入しての失敗談を読んだ。ステンレスを良しとして購入したものの、枠と網の間から泥が直接出て来て失敗。やはり木製の方が良い旨の話。良かれと思った購入道具が失敗とはあるある話やなぁ、とどこか他人事として読んだのだ。

 今や本人事。思い出したので再一読したものの意味がよく分からん。何故にステンレス、と言うか全部金属製の篩なのに泥が直接流れる欠陥仕様なのか。圧力がある等の記述が見受けられたが、それなら木製のボロ篩の方が負けると思うのだが。

 

 早急に入手したい事もあるので、二人と共に巷のホームセンターへ現物を見に行ったがよく分かった。昔ながらの木製品は、枠に網が挟み込まれている。よって、網目寸は必然固定だな。一方金属製は、七輪用みたいな網が取替式となっており、丸枠にただ置き嵌めているだけで固定されていなかった。確かにこりゃダメだ。

 古民家先輩のブログが無ければ、それでも買っていたかもしれない。木製篩は数倍の価格だからだ。読んでて良かった、現物見て良かった。

 

 だが、根本解決はしていない。高額な篩を数日後に手元にするか否か。貧乏性お父さんには即決出来ん。何か節約する術がないだろうか。

 そして出た案が網の重ね合わせ。木製ボロ篩に取替式ステンレス網を斜めにして嵌めて、それを針金で緊結する。完全均一の目とはならないが、かなり期待は出来そう。

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 古民家先輩同様の失敗が起こる可能性は確かにある。しかし、しかしだ。この費用はたったの二百円台なのだ。木製新品は勿論、ステンレス製よりも遥かに安くつく。失敗しても許容範囲だぜ。

 

小石ズリズリ、小石カタカタ

 平成バブルの建設ラッシュ期。多くのゼネコンや工務店は、次々舞い込む仕事の処理にてんやわんや状態。必然、建材料インフレも巻き起こる。例えばセメントが値上がったり、中には工期通りの確保が難しくなったりする。そこで、例えばモルタルのしごき施工をベテラン左官職にやってもらう。ベテランは早くて綺麗な上に薄塗りが出来て、人工代が高くても諸々元が取れて重宝がられた。こんな事を続けた結果、若手が育たっていない。そんな若手が厳しい建築不況下で生き残られるのか。というような記事を、バブル崩壊後の経済誌で読んだ事がある。

 

 工期は別に良いとしても、材があまり無い中でベテランどころか若手左官職でも無いお父さんが薄塗り。さらに、材自体の質への不安もある。小石だ。若干凹んでくれそうな土下地でもこの小石に悩まされた。凹まなさそうな石膏ボードへ小石入り泥土を薄塗り。上手く行く予感がしない。だが、一応実践。

 

 写真では一見して分からんなぁ。しかし、実物ではよく分かる。

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 やっぱり小石を引き摺る。多少の小石は覚悟済。一つ一つ取り除き、そこへ泥土追加等して均す。と思っていたがその数の多さよ。鏝先で取り除いていって均そうとすると、新たな小石がズリズリ。全部に対応すると半日は費やしそう。

 さらに、石膏ボードならではかと思うが、小石を引き摺るだけでなく転がす箇所もある。すると鏝はカタカタと揺れる。その揺れはちゃんと表面に現れて、均一的な波模様出現。あぁ、ダメだこりゃ。

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 本職はどうしているのだろう。小石ズリズリも小石カタカタも、本職でさえお手上げじゃなかろうか。そうならば、そもそも薄塗りなんかしないのだろうか。いや、材作りの時点で小石をきっと取り除いているはずだ。どうやってかは分からんが。

 本施工の場合でだと再びの土漉し。ゲンナリだ。土漉し作業をお母さんやきょうこにやってもらうとしてもだ。何故なら、泥土がまた水浸し状態になる。工程が大幅にずれ込む。もし、トイレ内壁をやはり漆喰仕上げにしないといけない場合、夏季に施工する事を避けたい。となると春どころか、秋の漆喰左官祭りになってしまう。もう予定が無茶苦茶。

 

寒冷紗剥落実験

 さて、実験材は寒冷紗だ。

 お父さんは不思議だった。石膏ボードへの漆喰施工の下地材として、何故に寒冷紗が有用なのか。その名から何か特別な布なのか、と思いきや写真からも、そして実物を見てもガーゼのような華奢な網状の布。

 左官材の下地としての建材は、網目やら凸凹がしっかり。見るからに材が食い込んで剥落しなさそう。それに引き換え何とも頼んない。実際に、やり直しの為に塗って間もない漆喰を剥がした時、寒冷紗から綺麗に剥落させる事が出来た。

 

 だけども、1年は経ったであろう寒冷紗下地の漆喰は剥落して来ていない。塗材が硬化した事もあってか、ほんの少しの引っ掛かり、だけど無数にあるそれによる固着力は十分なのかもしれない。ならば、漆喰が特別とかではなく泥土も同様ではないか。

 そう考え、前年の春の左官祭り、元奥の間の小壁左官施工時に並行して行っていた。内容は、漆喰施工時同様にこんにゃく糊にて寒冷紗を板へ貼り付け乾燥、その上で中塗土を塗布。念の為、寒冷紗無しでの塗布もしておいた。それらが完全乾燥硬化してから落下衝撃を与えた。

 

 結果、寒冷紗無しの土は30cm程からの落下で剥落し出す。寒冷紗有りだとこれが1mでも剥落しなかった。

 1mもの落下でも剥落しないのにはちょっと驚いた。板の衝撃振りからして、アメフト選手が件の壁にタックルでもすれば別だが、そうでもなければ十分だろう。少なくとも自然剥落は無さそうだ。

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 それから凡そ1年、ようやく寒冷紗貼り実施。養生テープもOK。土漉しは、前年晩秋にお母さんときょうこにより終わっている。やっと全てが整った。試験施工箇所は、ダイニングとなる目立つ箇所ながら、施工面積が小さくやり直しがし易い所。

 

 そう、やり直す前提なのだ。だから、「試験」施工。と言うのも、所々にチリ寸が厳しい所がある。それと塗材の残量への不安だ。

 前者について、ある所に合わせると他のある所が寸足らず、というこの家での施工あるあるは致し方が無い。それ以外には、壁が無かった所に新設したり、設備や材の寸法との兼ね合いから、と設計上の自業自得から来る。

 

 後者については、設計変更を目論んでいる事による。具体的に書くと、設計上ではトイレ内壁は漆喰仕上げとしていた。度々書いて来た、土壁仕上げ施工へのハードルの高さからに依る。また、トイレ程の内空間では壁への接触が考えられる事からだ。しかし、設計者ではなく施工者視点が強くなっていた時期。トイレ内北壁と西壁には既存の土壁がある。これらも石膏ボード壁と同じく、わざわざ砂漆喰を施した上で漆喰仕上げにする必要がある。それがべらぼうに面倒で勿体無いと思い出して来ていた。

 

 トイレ外壁側である、ダイニング及び奥玄関廊下部は土仕上げ。そこは出来る前提で施工するのだから、トイレ内も出来るじゃないか。壁への接触も同条件じゃい。オマケに、漆喰だと必要な石膏ボードに施したビス孔埋めをせずに済みそうだし。

 そうなると、施工面積は倍近く増加。解体済の土を見る限り、足りるか微妙な量。そういった事から薄塗りを目論む。だが、これは元奥の間小壁施工でも障壁になった。

 

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再利用の気持ち良さ

 床板施工を無理矢理完了させた事で、目下の目標、雑巾摺取付を行う。

 取付方法は、世界最強の軍事・経済大国にしてDIY大国でもある国の例の耐水性木工用接着剤、並びに我が日本国の隠し釘による日米同盟方式。例の接着剤使用理由は、左官施工による水の脅威が上方より忍び寄る箇所だから。

フランクリン 木工用接着剤 タイトボンドIII 16oz 473ml

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 そう、春の左官祭りはすぐそこだ。その前に、忘れていそうだから左官は本職施工を検討していた件を改めて。

 初期のお父さんは漆喰が素人向け左官材と誤認。素人施工事例が多い為だ。翻って土仕上げ事例は見つけられず。泥土の天然色具合と石膏ボードへの固着不安も大いに手伝って、土仕上げ箇所だけは本職にと考えた。その後、日本の地で日本方式にて日本製の漆喰を施工する事こそが本当の左官職人の技によるもの、と認識。

 そんな漆喰を施主施工。だったら土仕上げも出来るんじゃね。として行った元奥の間の小壁における中塗土仕上げ施工により、既存との色具合は妥協範囲内となった。しかし、固着問題は未解決。よろしい、ならば実験だ。

 

 事例として二つあった。

 一つはシーラー塗布。石膏ボードに土を接着させるんだろうな、きっと。もう一つは、左官下地材。どういう理屈かまで調べてないので憶測だが、やっぱり接着能力があるんだろうなぁ。この下地材と泥土とは、本来の土壁のような理屈で固着するのかもしれないが。

 この二つは気持ち悪いから最後の手段とした。気持ち悪いというのは、得体が知れないという意味。お父さんは新建材否定派じゃない事は既に述べた。後者の下地材を使って古民家再生工事をされている事例を見て、新建材の恩恵を謳歌していて羨ましくさえ思った。

 

 だがしかし、消極的に捉えたのは効能の寿命が不明な事と、仕上材の再利用が可能なのかが分からないからだ。

 前者は散々述べて来たので説明不要だろう。後者に関しては、自然建材の容易な再利用性を有難く思っている事からに依る。木材は勿論、土壁材にも大いに感じている。流石に使用済漆喰の再利用はお父さんには出来ないが、それでも敷地内雑木林にポイっと出来る簡便さ。何より、中塗り以下の泥土の再利用性の高さは気持ちが良いんだなぁ。これを上手く説明出来ない。単に貧乏性だからかな。得した気分が確かにあるし。

 

 その反面、石膏ボードは施工は楽だが気持ち良くはない。現在、酸性土壌の中性化を目論んで表面紙を剥がして粉末化するとか多大な手間を掛けない限りはゴミでしかない。

 もし、シーラーや新建材左官材が混じった事で泥土の再利用性が低下や喪失する事になれば、こんな気持ち良くないゴミを追加してしまう。将来の子孫による改修工事等の事を思うと、何だか悪い気がする。自分がされたら嫌な事を人にしない、と道徳の授業とかで習った気がする。

 それでも、大人になってしまったお父さんは手が無ければ諦める。手が無かったから米国製ボンドを使ったりするし。要は程度の問題だな。

 

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