家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

大規模長期施主施工の盲点

 漆喰施工の間、悶絶していたのはお父さんだけではない。並行して他の作業をしていたお母さんもだ。

 

 お母さんの主たる作業は「美装」、所謂「掃除」だ。リビングと薪ストーブ廻りの垂れ壁の中塗仕上塗り後、それらと取り合う古色が塗られた木部は泥汚れ。養生を省いたから尚更の状態。これらの泥を、棕櫚刷毛や雑巾を用いて取り除く。内容は至って難しくない作業。

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 だけども、何故かこれらをお母さんはちゃんと出来ない。

 全くの取り残し、拭き残しが多々ある。1㎜や2㎜レベルはお父さんも目を瞑られるが、壁から5㎜以上の泥となるとどう見ても目に付くが、それも残してしまう。当の本人も、指摘をされると「確かにこれは駄目」と認識する。拭き跡に至っては全般的に残してしまう。

 きょうこやりょうすけのように実際のお母さんを知っていると分かるだろう。だが、そうでない子孫にとっては、これらどういう事を書いているのかよく分からないかもしれない。これだけ読むと、単にお父さんが凄く神経質な人間ではないかと思うのではないか。もう一度書くが、指摘をすると本人も認識するレベルの出来なさ具合なのだ。

f:id:kaokudensyou:20170919195513j:plain←お母さんの平均的な掃除出来栄え

 

 お父さんは小学生の時実家では、掃除の手伝いをたまにさせられた。学校でも小中学生、高校生なりにちゃんとしていた。アルバイト先や職場での掃除でも怒られた記憶は無い。それぞれの現場で、親や教師や先輩や雇用者から指導を受け、それに基づいて掃除を普通にしていた。

 そういうお父さんから見て、お母さんの掃除の仕方はかなりイマイチ。まず、雑巾の使い方からなっていない。視野が極端に狭い。「これぐらい出来て当たり前」と本人も思っているので教えを請わない。極め付けは、教えても同じ失敗等を繰り返す。

 

 きょうこやりょうすけの年齢が高ければ高い程、「何故こんな事が出来ないのか」と思わされる人を目の当たりにした経験があるだろう。大多数の人が普通に出来る事が何故か出来ない、又はしない。その理由等は様々あれど、そんな事は世間様は斟酌してくれない。

 当のお母さんも、他者に対しては世間様と同じ。職場で出会った頃の若かりしお母さんは、明らかに仕事が出来て自信に満ち溢れた雰囲気を纏っていた。それは今も同様で、若さから来るものは失せても、確固たる実績から本人もその自覚がある。そんなお母さんは、自分より明らかにポンコツな人に対して辛口だ。

 

 お父さんは、掃除が出来ない以上にその理不尽さが問題だと捉えている。

 他人に厳しいお母さんにだからこそ、お父さんが厳しく言っても理解が出来るだろうし、そうでないと辻褄が合わん、と叱咤する。しかし、お母さんは掃除“ごとき”で失態を繰り返す。

 

 こんなお母さんの良い所は、怒られても逆ギレしない事だ。世間の同世代の奥さん方の多くは、夫に掃除の事などで指摘されようものなら、それはそれは家庭内に嵐が吹き荒れるのではなかろうか。昔のお母さんもプライドが高い自信家が故、たまに荒れる事があった。しかし、この手の長年の闘いの結果、分野によって自身にポンコツさがある事を自覚するようになり、逆ギレする事が無くなった。逆ギレしても無駄とか、いつか仕返ししてやろうとか、別の考えを持つようになっただけかもしれないが。

 

 その他諸々思う所があるが、人それぞれ得手不得手がある事は承知。しかし、如何せん掃除が出来ないのは困った。単独施工で、尚且つ工程が様々変わる等で、それなりの作業である美装作業は度々発生してしまう。それを副たる施主施工者のお母さんが戦力にならないのは、とっても口惜しい。当然に他の作業も大して出来ないし、設計方面も出来ないし、住宅設備類選定等の買物レベルもイマイチだし。

 そして何より、お母さんとのやり取りが無駄になり、その尻拭いをする事になったり、工程変更する事がやたらしんどい。

 

 当美装作業においては、古色が乾き切る前に泥が付いた事で簡単に取れない箇所が複数発生。左官工程の不具合もあった。そして、お母さんの古色木部の擦り過ぎや拭き残しによる泥固着等により、再塗装決定。

 お父さんがハナから掃除をしておけばそこまでせずとも良かったが、どうせその手間をこの時点で掛けるぐらいなら再塗装した方が結果が良い、という判断。あぁ、どっと疲れる。

 

 こんな話は、他人様には理解してもらえるとは思えないし、二人にも子孫にも同様じゃないかな。

 お母さん自身は全く、お父さんもここまでソフト面にて問題があるとは想像出来ていなかった本宅の施主施工。この事が予見出来ていれば、お父さんもお母さんも果たして大規模長期施主施工に踏み切ったかと甚だ疑問。

 

 部分施工や補修程度なら大した事がないだろう。だが、もし本施工の規模レベルで施主施工実施を検討する場合は、パートナーの性格と力量と覚悟具合も十二分に検討材料に含めないと、無駄で本末転倒的な軋轢を生み出すかもしれない。

 と、この事を言いたかったのであって、好き好んでお母さんのダメ出しなんか

を我が子に向けてしたかったのでは決して無い。