読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

平成28年のきょうことりょうすけ

 さてさて、チムニー施工を終えたのは平成28年の終わり頃。この一年前に行った作業は炉床に当たる箇所の束石設置。一年の時間を要して薪ストーブ関連施工の地面から屋根上に。見渡せば、所々の変化はあるものの一体この施主施工はいつ終えるかさっぱり分からない現場状況。この手記は家族史要素もちょっとある。施工の進捗具合に比べると家族の変化は著しい。ちょっと書いておこうと思う。

 

 りょうすけの誕生により、人間の性格は後天性だけでなく、いやむしろ、先天性の方が強いのではないかと思わせられた。明らかにお父さんやきょうことは違い、今の所はお母さんの要素が強いように見受けられる。

 まだまだ幼いながら既に嘘をつく。怒られると、それを回避したり受け流したりする。一方、自己主張も我も既に強目。自分がしたい事や要求に対して、あれこれ駆け引きをしてくる。お父さんの友人曰く、既に営業マンの素質があるじゃないかと。やはりお母さん似か。

 

 本年に幼稚園入園。近所で遊べる同世代はおらず、初めての友人や団体生活を送り出した。お母さんのお母さんであるおばあちゃんは、従弟がそうであったように登園を嫌がらないか心配していた。送迎役のお父さんの目が厳しい事もあるのか否か、それは杞憂に終わる。幼稚園にて色々学びが多いようで、日々成長を感じる。

 

 ただ、この私立幼稚園の選択はイマイチだったと思う。若い先生が多いがこの質が疎ら。接していてそうよく思う。理事長親子が教職者と言うよりも経営者か事業者要素が強そうな出で立ちだったが、まんざら外れた見方じゃないと思う次第。他の幼稚園も検討したがそこもイマイチ感一杯。

 きょうこの幼稚園は転居前も後も公立だった。転居前の市の教育委員会は、イジメがあってもそれを学校の責任にするな、と入学式で高らかに宣言するような所。実際に現場の教職も受け流しやほったらかしにしている、という保護者の話。そんな市の幼稚園であるが、違和感なく真っ当で良くしてくれたと思っている。今の市はそれを上回り、担任教諭も園長も親身さが違った。

 しかし、それに比例してか保護者の行事活動の参加をよく求められる。遠いので送迎も親が行う。二年間しか通えない。そういう事へのお父さんの対応力不足で、バス送迎の三年保育である私立を選択せざるを得なかった。

 

 りょうすけの幼稚園は、比較的裕福な家庭が通う所らしい。だが、高めの授業料以外にその理由は今でもよく分からない。幼稚園の授業が終わっても課外保育と称して預かってくれる。これも選択要素だったが、実情は狭い部屋に30人以上の園児を詰め込んで、ガサツっぽいおばちゃんを含めた少数の教諭で見ていた。当時は入園したばかりという事もあってか、そこに一人でポツンと座っているりょうすけ。家に帰っても一人だけになるのでと預けてみたが、その姿の方が何だか不憫に思え課外保育は止める事にした。

 嫌がっているわけでもなく気を良くして登園しているからまぁ良い。だが、何かあれば転園させる気満々だし、人に聞かれたら絶対勧めない幼稚園。

 

 きょうこは、幼さは残るものの、見た目も言動行動もかなりお姉さんになってきた。家事だけでなく施工も手伝える事が増え、内心はどう思っているかさて置いてやってくれる。特筆するのは、りょうすけの下の世話もやってくれる事だ。下着の着替えの手伝いだけでなく、入浴前に股を洗ってくれる姉。お父さんの知る限りでは、年の差が大きく無いのにそんな事までしてくれる姉は知らない。少なくともお父さんの姉は全くしなかったし、お父さんも弟にしていなかった。お母さんも自分の妹に同じくしていない。

 

 そんなきょうこは今年、初めてお父さんに嘘と分かる嘘をついた。メダカに餌をやっていないのにやったと言った事だ。きっと覚えていないだろうな。

 それまでも嘘をつく事はしていたかもしれない。いや、しているのだろう。でも、その確証が無いのに疑う事をお父さんは嫌い、きょうこが言う事は一様に受け入れてきた。今回は違う。餌をやっていない事は明らかであり、その行動の結果が命に関わる。実際にメダカの数は、餌だけの理由じゃないかもしれんが激減している。よって、お父さんは激怒した。自分の意思決定に反した無責任行動の結果を知らしめる為だ。

 

 ただ、親に対して嘘をつく事など当然の如くお父さんもしていた。あのお母さんもきっとそうだ。メダカの命と言うなら、保護者としてお父さんかお母さんも影で見ておくべきだった。そんな事もあるので、説教は親の責任として行ったが、落胆したとか見損なったとかではない。そうではなく、きょうこが大人になっている事を目の当たりにしたような気がしたのだ。とうとう父親に嘘をつく年齢になったのか、と実感したのだな。平成28年のきょうこに対しての一番の思い出がこれなのだ。