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家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

精根尽きる

施工:母屋設備(造作) 施工:塗装

 ほったらかし作業をガッツリやるとさすがに長期になり、この間に気温が20℃を下回る日が出て来ていた。よって、並行しながら件のキッチン天板漆塗り施工も再開していた。

 

 再開前に悩んでいた事。どこまで塗るか。無塗装状態のゼロからだと、一回でも塗布すると明らかに見た目は変化する。至極当然。ただ、回数を重ねていくとその変化具合はぐっと下がる。しかし、漆塗りに関しては「塗れば塗る程」という文言を散見する。艶が上がる、見た目が良くなる等々だ。お父さんには分からん。

 塗装を施す目的は見た目もあるが、勿論実用面。塗装有りきの木材採用。水砥ぎの上の三回本塗り段階で、この実用面では目的を達していると思われる。顕微鏡にて抽出目視検査を行うと、以前にあったような導管開孔は見当たらず。

f:id:kaokudensyou:20161228175230j:plain←本塗り三回目

 

 そこで、お母さんときょうこに見た目の感想を求めてみる。すると、もう十分だとの事。

 お父さんは迷っていた。現段階では平滑とは言えそうだが、鏡面とまでは言えない。頭の中にあった意匠的な理想は、エナメル仕上げのグランドピアノのような仕上がり。これは、実用面でも理想的かと考えていた。鏡面であればある程、キッチン天板としての衛生状態を保ちやすいのではないか。塗装による溝や傷などが無い方が、調理による何かしらの物の入り込みも無くて、と。

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 但し、最大の問題はそんな漆塗りがお父さんに出来るのか、という基本的な事。「馬鹿塗り」と言われる拭き漆から高みを目指す事になってしまう。なってしまうが、やってみよう。

 でやってみる事、実に十五回の本塗り。この間、水砥ぎ、油砥ぎ、磨き粉砥ぎも複数回。木地固めから数えると塗り作業自体だけで二十回塗り。それぞれの作業時間は短くて二時間弱、長くても四時間程のもの。だけど、精神的にはもう地獄の日々。目に見えて変化していかず、ゴールが見えないからだ。

 

 それであっても、本塗り十四回目終了時は自分なりにはもう良いかな、と思える手前までは行った。時は11月上旬。秋らしい気候であり、灯油ストーブを複数台稼働させてカセットコンロで湯を沸かしてで、何とかMR漆の硬化条件をギリギリ満たしていた状況。次だ、後一回。大量にあった漆も残り僅かだが、もうそれで完成と出来るだろう。そもそもそれ以上に長引くとこのまま寒くなる一方だろうから、もう気候面から硬化させられない。

 

 と後日に挑んだ本塗り十五回目当日。ビックリ予想外に気温20℃を裕に越える。不安はあったが工程を優先して決行。しかし、さらに雨が降り出す。さらに悪いことに、強い台風並みの強風が吹きすさむ。直前に予報を変えておいて「的中率向上」とか言う気象庁の週間天気予報に手痛い足のすくわれ方をする事、これで十回目。

 我が家の漆施工において最悪の気候。始めてしまったのでそのまま強行したが、精神的にはかなりやられながらの状態。竹製薪棚作りの為の竹の根切断の為の真夏の穴掘り土木工事。これを更新した過去最大の精神的地獄施工となる。

 強風により室内に飛び舞う砂埃。漆硬化が間に合って砂埃はただ堆積するだけにならないか、なんて無駄な事を思ってみる。開口部の仮張りベニヤをそれまでは避けていた釘固定や目張りを、塗布完了後に涙目気分ですぐさま実施。

 あの天候はなんだったのかと思う程、翌日、今度は一気に気温も湿度も低下。フル体制の暖房設備でも温度維持は何とかという具合。よって、湿度は当然ながら過乾燥。

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 数日後、指触乾燥状態にはなった天板。写真では分かり難いが見るも無残な出来栄え。

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 一見、全体写真でも裸眼でも凄く良い感じに仕上がっているように見える。だが、ちょっと角度を変えてみると拭き跡がよく分かる。それだけでない。やはりの砂埃も、何故だか分からない白い点も無数。本塗り十四回目で終わっておけば良かったと激しく後悔。

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 これにより、お父さんの中で「美への奉仕」の糸が確実に切れた。他者からの不理解、同志と思っていた人の離脱や裏切り、そして工期の切迫。これらにも抗って維持し続けてきたが、精根尽きたとはこの事だと痛感。材料と気候以上に、精神的な問題で再施工を断念。

  この件も含めた各種の失敗事例や試行錯誤具合は、謙遜せずに言うと、我ながら量も内容も素人にとっては尋常じゃない。これらを文字にすると最低でも一桁万文字、写真は二桁後半枚数に到達。「素人による素人の拭き漆法 ~キッチン天板編~」という小冊子が出来上がってしまう。よって全て省略。そもそも、この件から時間は経ったが未だにそれらを書く気力は微塵も起きない。

 

 この後日、テレビで本職の方の作業と出来具合を拝見する機会があった。拭き漆ではない鏡面を目指す塗り方だ。技法だけでなく、材料も道具も環境も素人お父さんとは違う。しかし、見学者の外国人や出演者やナレーションでは絶賛だったが、出来栄えは刷毛跡等があったりした。それを鏡面と謳って放送してもその本職方は良いんだなぁ、と呆気にとられた。

 参考書籍の作品は手抜きと思っていたがそうではなく、本職もその程度なのかもしれない。気象庁だって600億円弱をも使ってあの程度だもんな。お父さんの本職へのハードルが高すぎたかもしれない。また、ここで省略したお父さんの想像する塗り方の理屈と本職のそれは同じだった事。そう思う事で精神的にちょっと回復中。

 

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