家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

「美への奉仕」

 但し、勝手ながら個人的には困った。漆刷毛職人の方はたまたま情報発信をしてくれていた。しかし、塗師の方のものについては、探すも極めて限定的かつ不足。

 お父さん世代かお若い方による内容はあるものの、如何せん数が少ない。そして内容は参考書籍のものとあまり変わらない。お父さんの想像する塗師職の世代構成は、お父さんより上の世代の方の方が多いんじゃないかと思っている。そういう方はインターネットで情報発信なんかされない。実際に皆無だった。これが大工職とか分母が多い職種の方による内容だと、なるほどそうか、というものが結構見つかったりするが。

 相手は摩訶不思議な漆。それに対するせめてもの座学さえも不足が否めない。ここは探検さんを見習い漆芸教室のような所に行ってみようかと思うも、それさえも近場には無い。便利なインターネットと言えども所詮は人ありきの代物、と忘れていた事を思い出したわ。

 

 そういう中から見つけた、お父さんにとっての漆塗師匠を。ただ、その方は塗師専業ではない。木工職の方だ。木工と言っても家具だけではなく結構幅広そう。食器類に音響設備に大工道具に調理器具、その他諸々。そしてこの方、脱サラをされて木工家になられたっぽい。木工家に転向という方は、お父さんがインターネットで見る限りは結構見受けられる。

 お父さんが見ていたブログとなると大工職や左官職等施工者の方が多い。そういう方々よりも遥かに割合が多い。例えば日本料理やフランス料理等、そういうオーナーの方は大体が一貫しての料理人。だけど、ラーメン店のオーナーは転職者割合が比較的多そうだ。掘り下げると長くなるので省略するが、多分そういうのと同じ理由だろうか。

 

 さて、お父さんが勝手に師事させてもらう事にしたこの方。前職が人に教えるお仕事だったからなのか、専業塗師の方のブログよりも遥かに分かり易い内容。写真は多く、文章は少なく簡潔かつ明瞭。この手記とは真逆。

 

 師曰く、「木地は漆のみで固める」。

 

 師匠にはさらに塗師の師匠がおられて、その方の教えによるとの事。これは一般的ではない手法だ。漆塗りの際、木の導管を埋める作業がある。本塗りの前に導管を埋めて平滑な下地を作る必要がある。導管が太い木地の場合は特に、本塗りの漆が木地に吸われてしまって美しい仕上がりにはならない、と解釈している。

 という事で一般的手法だとここで詰め物をする。漆に混ぜる物によって、又は漆以外の塗材によって名称と方法が変わる。以前に列挙した「本堅地」等だ。しかし、混ぜ物をしない漆のみで固める方法というのは購入参考書には勿論、師匠以外の方の文章でも見付けられず。便宜上、ここでは勝手に「本漆地」と名付けてしまおう。

 本漆地を行おうと思った理由はキッチン天板材がイモ接ぎだからだ。前述したように、板の接ぎ方としてはイモ接ぎが一番簡単で弱い方法。こういう板を例の奴から買ってしまったのでこれに対応してみようと考えたのだ。なぜなら本漆地を施された木地はかなり強くなる、との教えがあったからだ。

 

 師曰く、「木地は鉋仕上げとする」。

 

 キッチン天板を鉋仕上げにした理由はこれ。漆を吸わせて木地を固める為には鉋仕上げにするそうだ。ヤスリ掛けだと、それによる木粉が導管に入って詰まってしまうとの事。

 理屈は分かった。しかし、タモのような堅木への鉋掛け。あぁ、しんどい。それに、既に難しいのは天板裏面にて確認済。以前に書いた通りの消極的姿勢だったお父さん。何故この方法に踏み切ったのかと言えば。

 

 師曰く、「このような大変な作業をするのは何故か。それは『美への奉仕』だからである」。

 

 そのように師匠の師匠がおっしゃっていたそうだ。「美への奉仕」。お父さんはこの言葉にシビれた。単純にカッコ良いわ。施主施工を進めるに当たりお父さん如きが美しさと寿命に拘る事、これに冷笑的反応をする人がほとんどだった。ネット上での施主施工者本人の方でもハナから諦めている方は一定数見受けられる。カッコ悪い。

 ああ、そうだよ、確かにその通りさ。素人が出来る範囲なんて高々知れている。しかし、偏屈お父さんは納得行かない。やってみないと分からないじゃない。この姿勢を今後は「美への奉仕」と表現しよう。と言ってもこの受け売り言葉を使える程の器では無い自覚もあり、他人様に言うと今まで以上の笑い者確実。なので心の内でだけだ。

 こう決心したお父さんにとっては、鉋仕上げは避けられない。まぁ、結局は思い通りの美しさにはならずカッコ悪かったけども。

 

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