家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

一世代の割り切り

 「塗り直しメンテナンス」はどうなのだろう。

 亜麻仁等の油塗料だと、当初は一年毎、暫くして二年毎、それからは三年以上毎、ゆくゆくは縁甲板のような風合いになって放置、かな。ああぁ、面倒臭いしやりたくない。塗布面積からして、家具移動等を含めて二人工ぐらいかかるんじゃなかろうか。

 

 いくら漆に耐摩耗性があると言っても、それには限界があるはずだ。使い続けた漆器は頻度等により色がくすむらしい。漆仕上げの食卓天板は二十年も経たずに塗り直す方がおられた。漆器や食卓程の摩耗要因が少ないかもしれないが、それでも一般家庭の床板だ。床板漆仕上げの寺社仏閣での僧侶や神官が住んでいるのではない。修行の心構えがなく日常生活を送っていれば、傷や凹みも付ければ摩耗もさせる。

 それでもだ、三十年程度も保ってくれるならば非常に魅力的。この事だけでも漆に投資しても良いのかもしれない。塗料の中だけならば、これは長寿命主義に十分合致しているな。

 

 但し、その三十年後かの塗り直し時は大変な事しか想像できない。器や家具とは違うのだ。

 家財道具の移動をさせるだけではない。養生作業が発生する。斑状態の回避の為には全体的にヤスリ掛けを事前にした方がいいかもしれない。板と板との目地部に漆が溜まらないようにしないといけない。埃も極力立てないように。よって、施工期間は家屋使用がほぼ不可。硬化条件が良い時を狙って作業をする事になるだろうから、汗だくかも。それを踏まえて広大な面積に膝を付きながら、斑なく塗って拭きとり移動して、を繰り返す。

 あぁ、ぞっとする。十五年しか保たないとかならもっとぞっとする。

 

 簡単だが回数が多い油。回数は少ないが施工の手間と支障が多い漆。これはもうどっちが得とか有利とかではない、選択の域だ。

 で、お父さんの結論は後者の漆が僅差で軍配。お父さんだけの話なら僅差まで縮まらない。だが、次の塗り直しについては前述通りに次世代の担当になりそうと考える。きょうこかりょうすけが自分の家族と行う事になるかもしれず、綺麗に果たして出来るのか、そもそもやるのか。

 

 この選択結果の内訳の一つに「差別化」がある。キッチン天板への漆施工を再考した内容でも触れた、漆ミーハー者への訴求力の事。キッチン天板よりも床板の方で先に考えていたのだ。 

 お父さんもお母さんも、奇しくもなのか当然なのか、漆教の信者にもならなければミーハーにもなっていなさそうだ。だからこそ迷っているわけだが、施工完成後は古民家先輩のように漆教に入信しているかもしれない。同様に、二人や孫等もミーハーになっているかもしれない。

 これらは不確定要素だ。しかし、不確定要素だからと言って行わない理由にはならない。子供に習い事させるような感覚に近いのか。知ったからこそ良しとするかもしれないし、その逆かもしれない。もし、漆がある家で育った事でそれを良しと思う人間になれば、きっと全般的にメンテナンスをちゃんと行うだろう。油のようなルーティンメンテナンスよりも、漆のような施主施工感がある方に気持ちの火が付くかも、ってこれは楽観過ぎるか。

 良しと思わなければ、お父さんの代で漆にしようが何にしようが同じ事かもなぁ。もし良しと思ったならば、キッチン天板と同じ話で家屋の差別化にもなるだろうなぁ。

 

 という事で、これは後世の判断に委ねるべき事か、として割り切った。子供がいる現代住宅を買う人もこんな感じで割り切っているのだろうかね。