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家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

理想と現実との衝突

 それほど腰が引けているのなら断ればいいじゃないか、と思うだろう。誤解しないで欲しい、断ろうと思えば断る事が出来る男だぞ、お父さんは。ただ、説き伏せる術と姿勢が弱かったんだなぁ。

 

 何度か書いたユニットバス施主施工というものは、彼に勧めた事がある。他人にはあまりお節介をしなくなったお父さんにしては久方ぶりにしてみたのだ。彼なら可能であり、しかも万円単位で費用が浮いてくる。しかし、彼はしないと即時に返信してきた。難しそうだし時間が無い、というような理由だったか。他の施工も色々ある所で、施主施工をしないと決めたものを撤回するには重たい腰を上げるようなもの。

 それと漆は別の物だがそこは強引に論点を同じにして、この事を引き合いに出して「君なら分かるだろ? 気持ちは有難いがごめんねぇ」と押し返す。納得はせずとも彼は引かざるを得ないだろうと考えていた。

 しかし、こういう無碍な却下の仕方以外に思い付かずで実行せず。それにはお父さんなりの訳がある。

 

 平成27年末頃ぐらいからか。彼の古民家再生工事のブログ内容に引っ掛かる事が増えていく。

 歳が離れているものの、彼とは価値観等で共通する所が複数見受けられる。住居や生活、施工等々に対して頷く事が色々あった。しかし、そんな彼の施工に雑さを感じ始め、極め付けは木と木の隙間にコーキングを打つというような事を行ったりする。

 コーキング使用を前提にされた建材による在来工法家屋に、それを使うのは何ら問題ないと考える。現代家屋では多用されていて、外部だと10年周期等で足場を組んでの打ち変え。長期保証と施工者が謳う家屋は費用が掛かるこういう事をする前提。施主がそれで良いなら一向に構わない事だ。また、代替建材が無い場合も仕方ない。いくら古民家であろうとも、タイル目地やら洗面ボウルと洗面台との隙間埋め等々には重宝品だ。相性も悪くはなさそう。

 しかし、木と木の隙間埋め。相性は悪いわ、見た目も悪いわでもう乱心施工だ。お父さんなら有り得ないし、彼にとっても同様だったはず。

 

 一方、価値観などが違っていたと思われたのに、そうでもない行動をされているようにも見受けられた。彼が、費用対効果等の経済的思考やカネ勘定的な言動が気になるようになる。

 どうも商業主義や貨幣経済のどの部分か不明ながら良く思っていない言動を後に展開されるのだが、その当時からも「苦労は買ってでもしろ」的発言はよく見受けられた。その彼が、相手の懐を見る行為である値交渉をした上で、貨幣を用いて業者施工をさせる事、これを費用対効果が良いという旨を語る。そもそもあまり行間が読めずに言葉を真に受けてしまう性質のお父さん。少ない読解力により、混乱を生じ違和感や矛盾を感じ始めたのだ。

 

 総じて、望んでいないのにお父さんの方が建材や施工方法に拘ってしまい、望んでいると見受けられた彼の方が一般的な施工を行っている。これが技術的な問題なら仕方が無い。しかし、お父さんの見方は偏に工期的問題に集約。お父さんの場合はこれらがあるからこそ、家族の都合等よりも工期を設定しない事を優先、着工もわざと一年ずらした。故にそう見たのだ。

 拘りが無い事に寛容になった自負があるお父さんは、木へのコーキング打ちは除いてここまでは許容出来る自信がある。事情は様々、人それぞれ、そして仕方が無いと思えるのだ。ただ、彼はブログ上にて、古民家を通して諸々の啓蒙活動を行っている。だからこそ引っ掛かったのだ。

 

 住居と言うのは理屈だけで割り切れず、感情的要素が結構な割合で働く場合が多いもの。それら突き詰めれば、大体が時間と金と家族都合ではなかろうか。それらを踏まえて、大方は新建材使用や在来工法家屋を選ばれる。そういうものだけにお父さんは、赤の他人様のその選択にどうこう言うのは至難な事と思っている。理想だけを訴えても無駄だ、とも思っている。この手記でその手の事を書いていても、それは我が子や子孫に対してだ。

 しかし、彼は不特定多数者へ理想を訴え、疑問を呈し、時には断定的に語気が強めの批判を展開。秘かに応援するお父さん。口ばかりでなんやかんや理由を付けて行動しない人が多いよねぇ、と時には同調するお父さん。そんな稀有で唯一の同志と思っていたのに、他人にどうこう訴えていたのに、一体どうなったんだよぉ。責任者、出て来ぉ―い!

 

 矛盾さに我慢がならなくなったお父さん。ああ、言ってやるともさ。そのような乱心的矛盾施工をするぐらいなら工期を延ばせよ、と。

 それに対して彼は、それら重々承知ながらも、あくまで年度末には施工中の家屋に転居出来るようにしたい、完成区域の後施工もしない、との事。施工の質や自身の理想等よりも、家族の都合等を優先だとな。

 そう言われて赤の他人のお父さんがそれ以上何を言えるのか。時は真冬の頃。仕事が終わった後、現場に行って施工をして泊まり込むという日々を過ごしていた。十分に頑張っている、いや、頑張り過ぎて身体が心配だ。そんな彼に、揚げ足取りをして追い打ちをかけられない。言えば言う程に酷以外の何物にもならない。

 ブログ外の現実では彼も普通の人間だったのだ。彼の主張に熱くなっていたのは、いつしか彼よりもお父さんだったのかもしれないな。フッ。

 

 一応書いておくが、これら拳を交えていないのは勿論、誹謗中傷やなじり合ったりしたわけではない。談笑を交えながらの温和な会話でのやり取りである。彼の主張と行動とに矛盾がある事で、彼の説得力が低下するのではないか。そういう危惧を抱いたお父さんは後日に提案。妥協施工も選択肢だと論じ、それにより不特定多数の方へ古民家取得や施工のハードルを下げられないか、というエクスキューズ感が否めない内容。彼はこれを受け入れてくれ、お父さんのお節介はもう終える予定。そんなこんなで今も彼との交流は健在。

 

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