家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

工程の躓き

 それらを解決して施工が始まってからも、様々な課題が見つかる。事前に網羅する事など不可能。だからこそ建築業界は経験則のどんぶり勘定。二人が建築土木やその周辺業界にいない場合、そのいい加減さにちょっと驚くかもしれない。だからこそ改善の余地等が大きいのかもしれず、これをクリアされたりした施工者の方が大きな企業を作り上げる事例はそれなりにある。

 本職でもそうなのだ。経験が無い、若しくは少ない施主による施工において、工程や段取り問題発生なんて当たり前。 

 

 ところで、お父さんは施主、設計者、施工者の思考を切り離している。設計者思考でいると、自然素材原理主義やら他者の設計や施工批判やら、何かしら尖って行くのが明白。施工者思考でいると、手を抜く施工内容にどんどんなっていくのが明白。お父さんの主たる立場は施主。完成後に住むのは施主としてのお父さんだ。しかし、それでも施主思考でいすぎると、予算無視やら設計と施工の整合性等の欠如やら全体が見えなくなる。

 もう多重人格かよ、と思うぐらい脳内スイッチを多頻度でパチパチ切り替える。しかし、仕事が出来る現場監督者まではいない。多能工一人親方である施工者思考に工程等々を頼っている状態で何とかやってきたのだ。今まではそれで間に合ってきた。 

 

 キッチン天板造作工事は施主と設計者が推し進め、それを実現すべく施工者として模索が続いていた。かなり長い期間、スイッチパチパチの合間に考えてきた。

 三人寄らば文殊の知恵、とはよく言ったもんだと思う。でも、脳内に三者がとか言っても所詮は脳みそ一つ。混乱ばかりで収拾がつかない事もある。そんな時は、建築の事も知らなければ現場や工程状況も知らないお母さんに、現場に来て立ってもらう事がたまにある。そのお母さんにお父さんの脳内三者が一方的が、ああでもないこうでもないと延々かと言うぐらい喋るまくる。その間のお母さんは基本的に沈黙だが、それであっても今まで脳内裸電球が点灯する事度々。アウトプットは大事だね。

 

 しかし、今回ばかりはお母さんが居てくれても案は出ない。単独施主施工の限界は度々感じてきたが、今回の工程のような類での躓きは初めて。とうとう段取り案が出ないままに来てしまった事案となった。

 

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