家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

男親の子育て

 資産家や企業家がその資産や会社を次世代に遺したものの、争いが起こったり、財産や会社を失ったりする話はよく聞く。お父さんが思うにこういう親は、自分は資産を産んだり維持したり、会社を興して成長させたりする類まれなる能力などは持っていたが、それを継がせられるような子育ては出来ていなかった、と。
 そう推察するお父さんは、屋根の悪施工をはっきり認識した事によりこの記録を子供達に残そうと決めた。

 この家は、新築するなら億を超えるようだ。極端ながら改修をとことんしていけば、新築価格に近付いていくかもしれない。下手をすると金喰い虫になるかもしれない。購入を躊躇った大きな要因の一つだ。並行して検討していた家で、この家より規模も歴史も由緒も上回るものがあった。立地など条件もさることながらあまりの規模で退いた。この家の規模は迷えるレベルだった。
 その迷いを覆したのは、この家は自分の世代で全部改修しないといけない家ではないと考えられたからだ。一つ一つの建材は、数十年、数百年保つ。徐々に、適切に対応していけば、最悪でも在来工法の一般的家屋並みで済むの費用で済むのではないか、と考えている。

 ただ、あくまで適切に対応していけば、だ。

 ある日突然現れた「プロ」と称したどこの馬かも分からない人間の言われるがままになっていれば、とんでもない浪費をする事になるかもしれない。そのような悪徳業者ではなく真っ当な施工業者相手でも、自分でちゃんと考え采配し決断をしないと、不必要で無駄なカネが出て行く事になり兼ねない。
 家を放置していてもいけない。その時はカネを使わずに済むかもしれないが、家のメンテナンスを行わないと後でしっぺ返しが来る事は、容易に想像できると思う。

 この家の購入にあたって特にお父さんが意識したのは、以前にも書いた事がある「世代を超えた富の蓄積」だ。

 この家は適切に維持していれば数百年は使えそうだ。木と石と土で出来た家だ。それぞれの寿命は人間の比ではない。しかも、施工者ではない施主自身にも出来る事が多い。環境が良い、この家の風格が良い等々もあるが、これらの点が躊躇いを払拭すると共に大きな購入動機だ。在来工法の現代住宅とは全く違う。住み手次第によっては、一世代用在来工法家屋費用と比べて驚く程の安さで維持できると思う。

 お父さんとお母さんの代は、購入し改修を行うのに一般普及的家屋並みの金銭
を費やす。ゆとりある生活とは精神的ゆとりを指すかもしれないが、これは経済的ゆとりが礎、もしくは両輪の一つだと確信している。この経済的ゆとりとなる資産である家屋の準備世代だ。これを享受できるのは受け継ぐ世代だ。これを引き継ぎより良く維持してくれればと望んでいる。その為の助力になればと書き綴っている。
 しかし、如何せん、お父さんもお母さんも教えてもらっていない事ばかり、初めての事が多くて手探り状態だ。それに、伝統構法の古民家を買って施主施工をするお父さんは少数派だと思うが、特殊な能力も技能も持っていないし、無知な事も多い。参考になる事がどれほど残せるのかも手探りだ。それはそれで、特別でも何でもないお父さんとお母さんでも出来たのだから自分も、と捉えてもらえたら却って良いかとも思っている。

 ただ、二人の内一人は引き継ぎたくとも、この家を引き継げない事を考えると複雑だ。もし二人共引き継ぎたいと思い、それが適わなかった一人は、他の伝統構法の古民家を探してはどうだろうか。お父さんはこの家の購入前に、数自体はまだまだある事は確認した。恐らく今後もこのような家は失われていくと思う。世界文化遺産に登録しようという活動が実になってもだ。条件が合うようならば、その失われていく優れた素晴らしい家を取得し、自分が準備する代になる事を考えてはどうだろう。自分の家族にとっても、日本の社会にとっても良い事かもしれないと思うのだ。

 女の子育てと言えば、皆が異口同音で思い浮かべるものだと思う。女と男の考え方等、何かと次元や時間軸が違う。役割分担、違うからこそ良い。そう考えるお父さんとしては、家屋を継承できるようにする事も子育ての一環と捉えている。
 我が子やその子である孫、それに子孫達がさらに引き継いでいく事で、精神的にも経済的にも落ち着いた笑顔ある生活を営めれば、どんなに嬉しい事か。と、二人の事やまだ見ぬ子孫の事を想ったりしながら、昨日も今日も明日も伝統構法家屋を施主施工している。

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