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家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

施工者探し:逃亡社長との攻防

 「施主施工で高い精度を」と掲げてみても、実際にはなかなか思い通りには行かない。木やら土やら建材相手以上に思い通りに行かないのは、人間相手だ。何千年前の人もそう語っているようなのだから、それ以前も、そしてこれからも、これは世の常なんだろうな。この家関連で言うと、おじいちゃん建築士以外では施工者だ。「自信がない」と言い残して敵前逃亡してしまった。

 施工者のプロと言われる大部分の人達に、ケンカを売る様な事を書いた。お父さん自身が以前はその当事者であった事から、また現に当事者かつベテランの人達の想いからだが、この家に関わった施工者からの影響もある。そんな施工者との話も書いておこうかな。


 「伝統構法に造詣がありつつ、施主施工に理解がある」職人。このような方を見つけられる術を持たないお父さんは、建築士にそれを求め探した。職人の方は表立ってないので見つけづらい。もし見つかっても、その良し悪しの判断をする材料がなさそう。建築士であれば、表立って施主(客)探しをしているだろうし、伝統構法や施主施工については過去の実績が資料として持っているだろう。そういう建築士を見つけられれば、自ずとそういう職人さんを紹介してくれるのではないか。これが建築士を雇う目的の大きな理由の一つだった。

 おじいちゃん建築士の紹介工務店社長とは、この家の入居後しばらくしてから会った。その後も幾度か会った。ただ、現況図もプラン図も無しの場がほとんど。よって具体的な話が出来ず。「こんな段取りで良いのかなぁ」と疑問を抱きながらも回数を重ねた。これがおじいちゃん建築士達のやり方なのだろう、そしてこの社長の所で世話になるのだろう、と捉えていた。

その社長がとうとうこの家にやって来た。その際の反応は、「思っていたのとは違いますなぁ」という予想外の微妙な感じ。全面改修するぐらいだからボロ屋かと思っていたようだ。実際は全くそうではない。不具合等はあるもののそのまま住める状態。もったいないですなぁ、と繰り返す。

 他の、特にご高齢の方からは同じような事は言われた。分かる、確かにそう思うだろう。

しかし、工務店の人間がそれを言うか。良いと思う所は残しつつ、住まい手に合った中身に変える事を、家の造り手に否定されるとは思ってもみなかった。子育て世代であり、現代の快適性を知ってしまい時代を遡るつもりがないお父さんとお母さんからすれば、不便な所が複数あるのだ。これら無視して逃亡社長の言を突き詰めるならば、この家ではなく昭和30年代築の団地の方に軍配が上がるかもしれない。
 建物が主人公でもなければ、重要文化財に住むのでもないのだ。

既存の状態を最良として、これを最大限維持する事も検討してみた。そうなると、動線の利便性やら快適性を無視、無理矢理収めたような歪なプランと化す。おじいちゃん建築士案でもそう感じた。

やんわりこの事を伝えた。否定するのは簡単だ。造り手として代案を出して欲しかった。もちろんそれは無く消極的な雰囲気のままで、不安と不信が少し芽生えて一旦終わり。