家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

施主の心得:「プロフェッショナル」の定義

 設計や計画の方向が定まってきた事で、このブログはそろそろ施工関連の話が主体になる。内容量は、お父さんの施主施工関連が主になっていくはずだ。もしかしたら、読み物としてはそちらの方が少しぐらいは面白いかもしれない。

しかしこのブログは、この家を含めた「家」というものに関連した事で、きょうことりょうすけ、それに欲張るなら二人の子供にも伝えておきたいものがあったから始めた。これが主目的であり、施主施工は主目的の一つの要素に過ぎない上、優先順位は低い。今から書く事の方が、お父さんからすると優先順位の一、二を争うものだ。大オチを半ばで書く事になる。是非、頭に入れておいて欲しい。


 二人の内、少なくとも一人はこの家から出て、不動産仲介業者と接触するかもしれない。その為、不動産仲介業者という「プロ」についての話を書いた。しかし、工務店等の「施工のプロ」においては、この家を継ぐが否かに関わらず二人共が接触する事になるかもしれない。建築士については少しだけ書いたが、今度は施工者の話だ。


 まず一つ目、住宅関連の「『プロ』を侮りなさい」という事だ。この語弊がありそうな事をどう書こうか悩んだ。注釈や事例や補足やらが多量になってもどうかと思い、これでも簡略したつもり。そこは諸々汲んで欲しい。

 工務店等と不動産仲介業者に決定的な共通点がある。それは、「取引金額が大きい事」と「基本的に一見客相手」だ。
 「取引金額が大きい事」で、ついつい発注者側は施工者側に期待を抱いてしまう。スーパーで100円の買い物をする事で、その店舗や従業員に対して特段何かを期待しない。必然的に期待外れもほぼ無い。しかし、工務店等への発注ともなれば数千万円規模になる事がある。自分や家族の人生を左右しかねない額だ。少ない場合でも百万円単位や十万円単位。日常生活からすればなかなか大きな金額だ。「ちゃんとやってくれるはずだし、ちゃんとやってくれないと困る」と思うだろう。
 が、受注者側からすれば日常生活に過ぎない。いつも通りの通常業務。発注者の人生よりも、自分の目の前の職務をこなす事が最優先事項だ。ここに案件に対する姿勢のズレが生じる。

 「基本的に一見客相手」、これも不動産業界や住宅業界が開かれたものにならない所がある根源だ、とお父さんは思う。

 リピーターによって売上が安定するような客商売を行うプロは違う。選別眼を持った客の存在により、基本的に自浄作用が働く余地が十分あると思う。しかし、住宅業界においては、一生に一度かの住宅建設や改修に対して無知な客が圧倒的。しかも、多少の不良工事があっても隠れてしまい、それが見つかるのは不具合が出た頃。「もうお前の所には頼まん!」と叫んでも意味が無し。ついでに言うなら、金額が大きいが為に施工者側は容易に過失を認めない。

 「プロフェッショナル」な人とは、ただただ普通に仕事をこなしているだけの人を指さない、とお父さんは捉えている。

 医者が患者の症状からいつも通りの延長線的な診断で、ただの風邪だと判断した。しかし、見落とした症状があって結果的に誤診、実は大病だったりしたらたまったものではない。典型的症状だけで診断するのなら、医学書片手に素人でも出来る。日常業務の合間に研鑽を積んで引き出しを増やし、洞察力を磨きちょっとした症状も見落とさない。これが、素人が敵わないどころか頼りたい「プロフェッショナル」の医者だと思う。

 自分達が今までやって来た事が唯一でありそれ以外は知らない、という工務店等は多い。それも良い。自分の得意分野を拡げずに深化させる事も「プロフェッショナル」だ。しかし、別にそうでもない所が一般的。何なら、最近の流行の施工方法や設備に手を出してみたりする。受注数を増やす為には自然な選択だ。彼らも金を稼ぐ為に仕事をやっている。

 お父さんが言いたいのは、彼らを過信や盲信、過度の期待をしてはいけないという事だ。

中には、施主の事を心底考えてくれる人もいるだろう。そもそも大半の人は、真面目に仕事をしているだろう。だが、あくまで業務をこなす所属企業の枠から出られない従業員だ。また、その真摯な姿勢をもっているからといって、それだけで「プロ」とは呼べない。もちろん全員がそうだと言わないが、真の「プロフェッショナル」に会える可能性は思っているよりも低い、と思っていて間違いはない。反対に、不誠実、怠惰、自己本位、不勉強者に出会える可能性は思っているよりも高い。
 なので、彼らが「こうだ」と言ったからといって、思考停止をしてそれが正しい答えだと安易に思ってはいけない。彼らにとっては正しいのかもしれないが、施主にとっては別の場合が結構ある。