家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

お父さんはスナイパー(仮)

改修プランが出来ての束の間の休息期間。何故だろう、ふと「銃ってどうだろう」と思う。

 お父さんは小学校低学年の頃、警察官になりたかった。その理由は、「銃を撃ちたい」という何とも子供らしい(?)もの。その想いを、結構長く抱いていた。実際のところ、日本の警察官は射撃場でも自由に撃てないそうだ。そんな不純な気持ちで警察官への想いを成就させなくて、お父さんにとっても市民にとっても良かった。

 「銃ってどうだろう」とは、「銃を撃つ」「銃を持つ」という意味だ。現代日本で何とも非常識で危険な思想に思われるだろうか。しかし、何かしら抱いた事がある男は多いと想像している。が、実際に本物を所持する行動を起こす人は多くはなさそうだ。お父さんもその一人だった。もしかしたら、里山保全活動を通して、またご近所農家の方から猪被害の話を聞いていたからかもしれない。

 真剣に検討開始してみた。(日本の銃業界、銃社会においては)一般的なものはクレー射撃のようだ。

楽しそうだが、飽きそうな予感も抱く。お父さんはゴルフをしてみたものの、全然面白さが分からなかった。打ちっぱなしはもちろん、コースに出ても。無駄金を使ってまで掘り下げたその先に、何かあるのかもしれないが辞めた。

そこで気が付いたのは、お父さんは実益が無い趣味には興味がないという事。公安委員会の考査や厳しい身辺調査、そして費用の問題等々を乗り越えて、空飛ぶ皿をパンパン撃つ。ちょいとバランスが悪そうにも思える。

 やっぱり猪狩、鹿狩だ。目的がある。実益がある。しかも、農家の方から環境省まで喜んでくれる。お父さんは既に、人を殺めかねないけども便利なチェンソーを使い、薪という実益も得ながら、農家の方から環境省林野庁まで喜んでもらえるような事の手伝いをさせてもらっている。ある意味同じだ。

ただし、害を及ぼす範囲がチェンソーなら倒木20mちょいと程度だが、銃だと数百m。尋常じゃない。他にも、当然危険度は距離だけじゃない。悩む。実際、射撃場にも見学に行かせてもらったり、講習会みたいなところに行ってみたり…

 で結果は、やはり所持したい、だ。お父さんはマタギになる。ボルト式散弾銃でスナイパーになる。小学校の頃の想いを大人式で実現させるのだ。