家屋伝承

我が子たちに伝えておきたい、伝統構法の我が家のこと。

「在来工法」VS「伝統構法」

 お父さんなりの在来工法と伝統構法の解釈をざっくり。


 在来工法は剛構造である。建物を強固な箱として倒壊させない。

筋交や火打ち、さらに金物で柱や梁をそれぞれにガッチガチに固める。床面も構造用合板で面剛性を得たりもする。主流のベタ基礎をコンクリで造り、それをアンカーボルトで建物の土台という木部材と堅結させる。重たい基礎が建物を動かさない。

これらにより、細めの4寸や3寸柱や梁などでもちゃんと造っていれば倒壊しない耐震構造となる、らしい。

 伝統構法は柔構造である。建物をしならせて倒壊させない。

筋交や火打ちはもってのほか。柱と梁などの構造材同士は、仕口という加工にて組んでいく事により柔軟な結合をさせる。さらに、土壁が地震等の揺れの力を、そのものが破壊される事で吸収する。強い地震で歪んだ構造材はまた起こしてあげて、破壊された土壁はまた塗り直せば良い、という考え方らしい。

しかしその前に、地盤と基礎が緊結されていない。石場建てという、礎石の上に束という木を置いているだけの工法も伝統構法の特色のようだ。緊結されていない為、地震の揺れが直接建物に伝わってこない減震構造とでも言うだろうか。

これらの為には在来工法と比較して、大きな柱に梁、それに施工や設計の高度な知識、技術が必要なようだ。

f:id:kaokudensyou:20150816000050j:plain←石の上にも70年弱

 どちらが優れているか、これはお父さんには分からない。伝統構法が優れているという方によると、在来工法家屋内の人間は地震に揺さぶられる上、家屋は倒壊せずとも家具の転倒により圧死する、と。しかし、家具の転倒は自己対処できそうに思うのだが。

 ただ、間違いなく言えそうなのは建物の寿命だろうか。伝統構法の何百年に比べれば、在来工法の数十年は短い。在来の建材劣化は激しい。在来工法家屋を伝統構法家屋並みに保つ事は、費用面からして事実上あり得ない。伝統構法家屋も手直しやらは必要なようだが、その分寿命も美観も維持されるのでやる価値がある。漆喰壁や瓦屋根のちょっとした不具合なら、普通のオッサンでもオバハンでも出来てしまう。

 在来工法家屋は使い捨て耐久消費財と見て、伝統構法家屋は手をかければ風合いがより出るアンティーク家財と見て、優劣はそれぞれの価値観によるものだろうか。
 当然ながら、お父さんは後者だ。

 在来家屋は手直しにカネがかかる。モルタルやサイディングの外壁に、板金屋根に、合板捨て板に、コンクリート基礎に、などそれぞれ不具合が出れば全やり替え、取替えを検討する必要がある。もちろん、美観を無視して応急的で良ければ、自分で出来るものは複数ある。ただ、どうしても出来ない補修は業者と手持ち資金との相談なのは伝統家屋も同じだが、その種類の多さや規模の大きさは、意外に在来家屋はある。
 これが、永きに渡ってのもの事なら良いかと思う。しかし実際は、若い時に建てたキレイな家が、自分がジジイになった時には家も老いぼれ感漂い、嫌でも加齢を感じさせられそうだ。

 翻って伝統構法の家は、先述通りに結構自分で出来る事が多い。自分でメンテナンス出来て、それがまた何十年以上も効果がある、となると遣り甲斐がある。部材によっては、解体してもそれは産業廃棄物にはならずに再利用できるものが多くあり、もったいなくないのもステキだ。
 年月経過が劣化を引き起こすだけでなく風合いになる所も、自然素材で出来ている伝統構法の良さだと思う。年月と共に渋みを増す家屋の住まい手として自分も老紳士になれるのではないか、と夢見心地な錯覚を起こせるのも密かな悦びである。